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遺跡は生命の歴史ー土笛からのメッセージー

 このところ、資料整理をしております。そんななか、縄文笛 毅 の過去の文を ご紹介しようと思い立ちました。 お読みいただけましたら、幸いです。(スタッフ きな)

                               
             『縄文遺跡に夢を描く ようこそ陸平へ』

                遺跡は生命の歴史 ―土笛からのメッセージ―
                                                    柴田 毅(縄文笛 毅)

 陸平をはじめて訪れたのは、1998年の暮れでした。土器製作者の戸村氏がさそって下さったのです。‘陸平’というだけに、丘の上には平らかな草地が広がり、小春日和の日差しの中、ヨイショする会の皆さんは、野焼きをされていました。おにぎりなどの昼食をいただいた後、「ミニコンサートを」という事になり、私は湧き水の所で、持ってきた土笛を吹きました。
 「縄文の土笛かもしれない」、そんな可能性を秘めた土製品を演奏する私にとって、遺跡での演奏は何よりもうれしいことです。そして、その演奏を聴いてくれる人がいるということは、この上もなくありがたいことです。
 
年もあらたまり、99年、「陸平でのコンサートを!」というお声を頂きました。「またあの場所へ行ける。」私は喜びました。
 4月になり、現場の下見と打ち合わせを兼ね、私は再び陸平を訪れました。その日は冷たい雨が降りしきり、ぬかるむ土を踏みしめ、学芸員の中村さんと、その当時の会長の堀越さんと、私の仕事のパートナーでもある妻と4人で遺跡内を歩き回り、「舞台はどこがよのだろうか」と考えました。演奏の場、お客さんにとってどこが一番みやすいか、聴きやすいか・・・。想像しながら歩く。縄文の頃はどんな所だったのだろう。もっと木がたくさんで、森のようだったのだろう。そして、ほぼ遺跡の真ん中、象徴のように広がる合歓木(ねむのき)の前が舞台と決まりました。
 妻のお腹の中には、我々の2人目の小さな生命が、芽生えていました。
 
 6月6日、さわやかに晴れた初夏。陸平の真ん中に、手作りの舞台があらわれました。
夕暮れから始まったコンサート、マイクも殆ど使わず、小鳥たちの声、聴いて下さる人々の笑い声、風、光、闇と共に演奏させていただきました。途中、日も落ちた頃、皆さんの作った土笛を吹かせていただきました。何人かの子どもたちや、大人の方々が笛を持ってきて下さったのです。私は、一人ずつ、一個ずつの笛を大切に吹きました。中には、鳴らない笛もあります。しかし、それは鳴らないのではなく、‘風の音’でも鳴っているのです。縄文の土笛の製作復元とは違いますが、土笛作りは、一人一人がそれぞれの感覚、工夫で、作る事ができ、出来上がった笛も、一つ一つそれぞれ違い、どれが良いとも悪いとも言えません。私が吹くと、それぞれの音がして、きちんと音楽になり、メーセージになります。
 コンサートは、夕闇の深まりと共に、あたたかな雰囲気のなか、終わりました。もし、ここに暮らしていた縄文の人々が、このコンサートを聴いてくれたとしたら、喜んでくれただろうか。怒りはしないだろうと思う。おかしくて、笑っただろうか。

 結局、遺跡は人だと思います。昔、そこに生き、暮らしていた人々。今、その遺跡に関わり、守っている人々。両方がそろって、その遺跡ははじめて存在するのです。生命の芽生えを感じ、はぐくみ育てる。そのつながりこそが、真の歴史だと思います。はぐくみ育てるのは、親だけでなく、全ての大人です。そんな当たり前の事を縄文の遺跡はいつも教えてくれます。陸平もそんな遺跡の一つです。
 はじめて陸平を訪れたときに感じたあたたかさは、まさしく人のあたたかさだったと思います。昔、そこに生き、暮らしていた人々と、今、その遺跡を愛し、守っている人々のあたたかさ。それは、生命の歴史です。私が、陸平貝塚で演奏させていただいて、感じたことです。 
                   
                                 陸平をヨイショする会10周年記念誌 (2004年発行)
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by ki-na_star0903 | 2013-04-03 22:50 | お知らせ